物語と象徴

ファンタジーとシャーマニズム

 

 

この記事は2015年9月に書いた記事ですが、

最近、再び思ってたことと同じことを自分が書いていたので

ちょっと再アップしてみます。

現代人はこのファンタジーの働きが自律的に出てくることを

押さえている (自我の部分で、これはよくないとかそんなわけはないなど

思っている) ことは非常に多くあるなと感じます。

 


12月からSchool of Healing Arts and Sciences主催の「シャーマニズムとセレモニー」という四季の暦ごとに参加する研修があり、参加する予定です。

で、その課題図書がたくさんあり、それを読んでおかなければならないのですが、
なんせ、読むのが遅く、乱読派なのでなかなか進みません(^^;)

その中に河合隼雄さんの本がかなり含まれており、
先日紹介した「子どもの本を読む」と「ファンタジーを読む」も入っています。

なんで、シャーマニズムと関係があるのか??

と思われるかと思います。


私もファンタジーってシャーマニズムと結びついたことは一度もありませんでした。

しかし、すでに書いた「思い出のマーニー」についての記事でも
シャーマニズム的な見方ができると書きました。

ファンタジーとはここで河合先生が「ファンタジーを読む」に書かれてあることを
引用しましょう。


『ファンタジーは、心の底からわき起こってくるもので、

当人にとってもどうしようもなく、

ファンタジー自身が自律性をもつことが特徴的である。』

さらに

『頭で考え出した作品は、「つくり話」というべきであって、

筆者が問題としているファンタジーとは異なるものである。』

と書かれてあります。

「つくり話」と「ファンタジー」はどう違うのでしょうか?

「ファンタジー」も「つくり話」だと思っている人も多いかもしれません。
河合さんは「ファンタジー」はさらに空想への逃避ではなく、時に現実への挑戦ですらある。
とまで書いてます。

たまたま、図書館でこの「ファンタジーを読む」を借りるときに目についた
J・R・R・トールキンの「妖精物語の国へ」という本も借りているのですが、
それにトールキンが語るファンタジーについての解説があります。


『ファンタジーは人間の自然なはたらきである。

当然ながら理性をやっつけたり、軽蔑したりなどしない。

科学的真理を求める気持ちを鈍らせたり、まして知覚を曇らせたりしない。

それどころか鋭敏で明晰な理性ほどすぐれたファンタジーを創りだすのである。』


ファンタジーって惑星でいうと海王星にあたりますが、
この海王星、完全にあちらの世界にいってしまっている状態も含まれます。
それを言葉として形あるものに表現するにはリアリティのある表現が必要です。

実際、トールキンは太陽山羊座です。
宮澤賢治は乙女座、萩尾望都は牡牛座。
ファンタジーを創りだす人には現実的な土星座(太陽が)の方も多くいます。
望都さんの漫画の構図ってすごく流れるようなその世界観に
はいっていける図になっていますが、
彼女のインタビュー記事を読むと頭にすべてその構図があり、
それを描きうつすだけだそう。
イメージを完全に形にできるのです。さすが天才

しかし、つくりものではなく、無意識の世界にひらき、
動いていくものをつかむ必要があるのです。


夢は同じように自律性があり、夢みる側からコントロールできません。
それをなかなかうまく言語化しにくいのと似ているのかな。

だからこそ水星座の対角に土星座があるのかなー。


ファンタジーはある意味、無意識の世界の中ではつくりものではなく、
たましいにとっては真実ともいえるのかもしれません。
息子さんの河合俊雄さんが「ファンタジーを読む」の岩波現代文庫の解説をしています。
その中で


『日常と対立した心理療法のセッションそのものが、ファンタジーとも考えられ、
またそこで語られる妄想に近いような偏った見方や夢はファンタジーである。
しかしそのようなファンタジーと関わり、深めていくことが、
現実を変えていく力になるのである。』


と書かれています。


シャーマンは失われた魂の一部を取り戻すために、アストラル世界にいって
自然とのつながりを取り戻す助けをします。

たましいを満たすためには、内なるファンタジーによって思い出す必要があるのでしょう。


という視点であらたにファンタジーを読んでいくと
違ってくるかもしれません。


実際、「ファンタジー」というテーマは深いもので
たくさんの人がそれについて書いてます。
なので、私も全然ファンタジーをよくは理解していません。

ただ、河合さんの「ファンタジーを読む」で取り上げられている物語は
現実としてたましいにとって、深いテーマだったりするので、
ひとつ読むごとになんと、こんな話だったのか
と驚きつつ読みました。


取り上げていた物語でまだ読んでいないものなど
読んでみたいと思います。



参考

「ファンタジーを読む」河合隼雄 岩波現代文庫
「妖精物語の国へ」J・R・R・トールキン ちくま文庫


 

 

 

 

 

 

花と植物の学びと癒し
インナーガーデンHP

 

 

 

 

物語と象徴

森への信仰とシンデレラ

 

私の最近の深い関心ごとは古代のヨーロッパの自然信仰。

その自然信仰が中世を経て、キリスト教へと移り変わったあたり。

 

それを非常に刺激させるような本に出会いました。

たまたま寄った古本売り場にて、

「世界の歴史」というシリーズの冊子が一冊100円で売られていて、

興味があるものをいくつか購入。

その中の「森に生きる」という冊子が素晴らしかったのです。

文章のほとんどを中世ヨーロッパを研究されていた阿部謹也先生が書かれているのですが、

とても深い内容で、勉強になりました。

 

 

まさに私が知りたかったこと。

ヨーロッパでの森の移り変わり、森という異界と人間界がのちに融合されていく姿など。

(「もののけ姫」の世界ですね)

 

実は「もののけ姫」を作られた後の宮崎駿さんのインタビュー記事「森と人間」を

愛読のように何度も読んでいて、森と人間ということについてよく考えていました。

 

パリのノートルダム大聖堂。

忘れてたけど、もっと正面の角度からみるとステンドグラスからの光とともに

柱が森の樹木のように立ち並んでいる構造でした。

そういうところがわかる写真を撮ればよかったのですが・・。

これも樹木信仰のなごりともいえるそうです。

 

 

この冊子の中でグリム童話について書かれてありました。

 

グリム童話といえば、ユング派でもよく取り上げられて、

内面世界を知る手ががりにもなっています。

 

ただ、私は子供の頃からどうもグリム童話はそんなに好きになれず、

アンデルセンは好きだったけど、大人になってからはあまり読んでいませんでした。

 

ところが阿部先生の解説で、急に興味がわいてきました(笑)

 

古代では森というのは異界というか、人間界とは違う

畏れ多い神の世界というか、様々な象徴でもあり、

信仰の対象でもありました。

 

人は自分の力だけで何かを達成することはできないと

昔の人は考えていて、

個人の努力ではとうていたどりつけない運命に支配されている状態だと

思っていました。

身分とか環境とかそうですね。

だからこそ、自分の力以外のもの、小宇宙をこえた大宇宙というべき

自然界の力にゆだねるしかなかったのです。

農業をしている人々はとくにね。

 

グリム童話に出てくる登場人物は何かに困っていることが多いけど、

それを自分の力だけでなんとかするというよりも

導かれるものや大いなる力によって達成できるような話が多いのです。

 

シンデレラの元にもなる「灰かぶり姫」

には魔法使いが登場しないって知ってましたか?

 

読んでみて驚きました。

 

シンデレラの話の中にお父さんってほぼ出てこなかったけど、

ちゃんといるんですね。

お母さんが亡くなって、お父さんは再婚し、二人の娘がいるまま母が

やってきて、彼女はいじめられるわけです。

それをお父さんはとめたりしないんですね。

ある日父親が旅に出るというのでお土産は何がいいか娘たちに聞くと

シンデレラは帰り道で最初に帽子にあたった木の枝を頼みます。

 

それがハシバミの木でした。

 

ハシバミというのはヘーゼルナッツのことで、

ヘーゼルナッツを原料としてヌテラというスプレッドは日本でも知られているかと

思いますが、フランスへ行ったときにヌテラの大瓶の見かけ度合の頻繁さといったら、

どんだけヌテラが好きなのかと思わせますが、ヘーゼルナッツ、ハシバミの木も

かなりよくある木なのでしょうね。

 

シンデレラはハシバミの枝を母親のお墓にさします。

そしてそれは成長して、大きな木になります。

彼女は毎日泣きながら、その木に祈るのでした。

 

彼女にとって必要なもの、ほしいものは

そのハシバミの木にやってくる小鳥たちによってもたらされるのです。

舞踏会用のドレスも金の靴も。

 

舞踏会も実は3回も行くんですね。

で、3回目に王子が逃すものかと思って

階段にべたつくようにぬらしておいたのですね。

彼女は目にもとまらぬ早さで飛ぶように逃げるようですから(笑)

それが彼女の靴をおきざりにすることになります。

 

いじわるな姉たちはその小さな靴をなんとかはこうと

爪先を切ったり、かかとを切ったりするそうです。

(そういうところがグリムは恐いと言われるところでしょうが)

でもハシバミの木にいるハトたちがそれを指摘して

王子は違うことを知ります。(早く気づけよって感じもするけど・・)

 

そうしてシンデレラはお妃になったのです。

 

よくシンデレラは何も努力をせずに泣いてばかりで

棚ぼたな幸せをもらう話のように言われてきましたが、

この話はどうにもならない自分の運命を

大自然にゆだねて生きる姿でもあったようです。

それはかつてのヨーロッパの人々の生き方だったのです。

 

グリム童話の大部分はこの話のように、小宇宙のなかで苦しんでいる人間が

大宇宙の力と折り合いをつけ、成功していく話なのである。

そして、その大宇宙の力とは、多くの場合、森の樹木や森の中に棲んでいる鳥や動物である。

グリム童話に示されているような昔話は、以上のような中世の人々の願望が、

森を媒介にして満たされてゆく話としてよむこともできるのである。

「週刊朝日百科 世界の歴史4 紀元前の世界1 生活 森に生きる」阿部謹也

 

シンデレラの中で亡くなった母親のところにハシバミの木を植えたように

自然界とつながる母なる力を象徴しているようでもありますね。

 

そうした森への信仰というものがグリム童話に反映しているのなら、

物語の多くに森や泉が出てくるのもうなづけます。

 

そういう目線でじっくり読んでみたいなと思いました。

 

 

 

花と植物の学びと癒し
インナーガーデンHP

物語と象徴

9月・物語の象徴とフラワーレメディーの会(スカイプ)




3回目となる「物語の象徴とフラワーレメディーの会」をおこないます。
今回より参加費をいただくことにしましたのでご了承くださいませ。

★日時 9月30日(水)21時〜22時30分

★参加方法 スカイプ(音声のみ)
               スカイプIDをお持ちの方のみとなります。
               スカイプはスマホやPCに無料でダウンロードして使うことができる
     インターネット電話です。通話料もかかりません。

★定員 4名

★参加費 2,000円 (9/28までにお振込みください)

取り上げる物語は

「思い出のマーニー」ジョーン・G・ロビンソン

     
できれば内容を知っているほうがいいので
ジブリの映画をみておくか、本を読んでおいてください。
一応当日も簡単にあらすじをお話します。

会の進め方は
・お話の内容を簡単に語ります。
・皆さんが感じる物語全体の印象
・主人公アンナについて・彼女を象徴する花を考える。
・物語全体の象徴と花を考える。
・物語に出てくる花シーラベンダーについて

という感じで進めようと思っています。

秋分の区切りあたりに開催しようと思っていたのですが、連休の最終日だし
水星逆行中なので、27日の満月と食あたりまではずしたほうがいいかなと
いうことで9/30になりました。
ちょうどミカエルマスになりますかしら。

希望の方はinfo@@innergardenflower.com
(@をひとつとってコピペ送信)
までお名前、スカイプIDをお知らせください。




10/17(土)東京・フラワーレメディー&占星術WS 「人生の方向性を確認する」
受付開始しております。
フラワーレメディーも占星術も初心者の方でも参加できます。
詳細・ご予約はコチラ



花と植物の学びと癒し
インナーガーデンHP



物語と象徴

思春期のこころの闇と「思い出のマーニー」その2




思春期のこころの闇と「思い出のマーニー」その1 の続きです。

※「思い出のマーニー」を読んでいない、見ていないという方はあまり解説的なものを読まずに
まず作品と触れたほうがよいかもしれません。
これは私が感じたことなので。


■マーニーの存在とアンナの内面世界

アンナが静養にきた場所は海のすぐそばで、入江があり、湿地地帯となっています。
イギリス、ノーフォーク州リトル・オヴァートーンというところです。

検索などすると場所の風景がわかります。
この入江の湿地は潮の満ち引きがあり、引き潮だと陸地がすっかり見えるくらいになり、
満ち潮のときはみるみる湖のように変わる自然です。
この場所が物語の大きな魅力でもあり、舞台にもなっています。

これはアンナの動きやすいこころ(表面では考えないようにしている)でもあり、
乾いたアンナを満たす生命の癒しの水でもあるようです。

自然界に触れることによって、彼女の内面世界がゆるみます。


彼女はこの入江の向こう側に建つ大きなお屋敷を発見します。

この館の窓をみて、
「こんなにたくさんの窓がこちらを見ているのだから、
だれかに見張られているような気がしたのも無理はなかったのだ!」


と感じます。

この館の窓はアンナにとってはもうひとつの世界への入り口だったかもしれません。

そして、アンナはその窓の中にある少女の姿を見るのです。

それがマーニーでした。
ある晩、ついにマーニーと対面します。

彼女は幽霊を見たのかと思い、「本物の人間?」と尋ねます。
マーニーのほうも同じことを聞き、お互いに触って確かめます。

マーニーはアンナにとっての現実となります。ここでは。

二人は秘密の友達になります。

マーニーの境遇もお金持ちかもしれないけれど、とても孤独な少女だったのです。

二人はどんどん仲良くなっていきます。

夜中に出かけていったりして外で住民に発見されるようなことがありますが、
ペグ夫妻はとくに何もいいません。
アンナは叱られることを覚悟するのですが。
心配性のミセス・プレストンのような空気をかもしだすこともありません。


河合隼雄さんが「子どもの本を読む」の中でこの物語の解説をしていますが、

「老夫婦のペグさんたちは、今日の優秀な心理療法家がアンナに対して
するだろうと思えるのと同様のことをしたのである。」

「彼らはアンナを好きになり、できるかぎりアンナの自由を尊重し、
彼女の内面に触れようなどとは全然しなかったのである。」

「人間は他人のたましいを直接には癒すことができない。
それはいくら手を差しのべてもとどかない領域である。
われわれはたましいの方からこちらへ向かって生じてくる自然の動きを待つしかない。
しかし、そのためには、その人をまるごと好きになることと、
できるかぎりの自由を許すことが必要なのである。」

「子どもの本を読む」河合隼雄 岩波現代文庫

というようにアンナの内面世界が開いていくための器がそこでできてくるのです。


ここで、マーニーはアンナが作り上げた幻想の女の子という見方が主に考えられます。
アンナ自身も振り返ってそう思います。

実際はそうかもしれないけれど、

マーニーはアンナと実は関係のある人物だったのです。

このあたり、梨木香歩さんの「裏庭」を思い出します。
マーニーもアンナによって癒される。
アンナ自身の癒しだけではなく、アンナの背後にある存在にもそれは含まれているのです。


作者のジョーン・G・ロビンソンもまた子ども時代とても孤独に過ごしていて、
親が厳しかったそうです。
彼女のエピソードがMOE2014年9月号の「思い出のマーニー」特集に掲載されています。
夏休みになって、寄宿舎にいる彼女のもとに誰も迎えにこないので、
家に帰ると家政婦から「誰ですか?」と聞かれるという。
親も夏休みのことを忘れていたというエピソード。
こんなところに載っているのだから、よっぽどショックなことだったのでしょう。


アンナはマーニーの中に自分を、マーニーもアンナの中に自分をみているのです。

お互いに「あなたのことが今まで会った誰よりも大好き!」と言ったのは

誰にもこころを開くことが出来なかった少女が発した言葉です。

他者を受け入れ、自分を受け入れた瞬間なのです。



■思春期のこころの闇と光の存在

河合さんはマーニー抜きでこの話を見ると・・ということが書いていますが
精神的な病のある少女のように見えるわけです。

幻視をみているようなものですから。

私はこのお話がシャーマニズム的な見方もできるなと思います。
水というよりアストラルな場によって、もうひとつの世界への扉が開き、
時空を超えて、マーニーという自分にとってはガイドのような存在と出会う。
その中で様々な感情体験をし、肉体的に危機的な状況にまであう。
いわゆるイニシエーションとしての体験が
風車での裏切り体験となる。

決して許すことができない感情を味わいながら、
マーニーと対峙し、許すことによって鎖がほどかれる。


先住民族たちにとって、思春期は通過儀礼をおこなう時期でもあります。
現代人のイニシエーションは河合さんも書いていますが、
何度も機会が必要となります。1回だけで終わりません。
しかし、その機会というのは安全におこなえるだけのものが
今あるのかどうかわかりません。

思春期はとくにその内面の中のエネルギーは大きく、コントロールもできません。
闇の方向へと流れやすく、ダース・ベイダーのような世界へと行くこともあります。
ときに光よりも闇に惹かれることもあります。

女の子は生理がはじまり、より敏感にさまざまなものをキャッチしやすくなります。

アニメ「魔法少女まどかマギカ」で魔法少女になれるのは14歳の女の子に限っています。
エヴァンゲリオンもそのくらいの年の子供たちが主人公ですね。
彼らは大人と違って特別な力を使えるのです。しかも増大な。

そうしたエネルギーの強さを思うと、アンナの体験はありうることかもしれないと思います。

そして、どうしてこころの闇を抱えているのに自然と癒され、
統合していくことができるのでしょうか。


それはすでに書いたアンナを自由にさせてくれるペグさん夫妻の支えと入江の湿地がもたらす豊かな自然の力があったからでしょう。

さらに私が思うのは、闇のベクトルに傾きやすいこの年代の子たちは、
それと同じくらいの光の存在が背後に控えているのではないか
と霊的な視点から推測します。

アストラル世界へと開かれやすいからこそ、危ない方向へも行きやすいのですが
、目には見えないそれこそアンナが目にした「善きものをしっかりつかめ」の
善きものもそこにあるのです。

河合さんは心と体と、それを越えその両者にかかわる第三領域の存在を仮定し、
「たましい」と呼んでいますが、そのたましいに関わる何かです。


私は中学生の時期のある日、少し不思議な体験をしました。
自分の部屋で真っ暗な中、
一人でいるとハートがみるみる満たされていくという経験です。
幸福感という感じ。
それまで、常にネガティブなことしか考えていなかったのに、
それを考えることができないくらい、幸福感が持続できるのです。
その状態は数日間続きました。いつの間にかなくなりましたが。
フラワーレメディーをもし使っていたら、こういうこともあるかもしれません。
しかし、何もせずただ、満たされることになったのです。

後で考えると、その頃の前後の記憶はありませんが、
危ない状態だったかもしれません。
だからこそ、光の存在によって守られたのではないか・・などと今になっては思うのです。

常に「善きもの」はそこにあるのです。
ただ、それに気づかないだけ。


イニシエーション的な経験をしたアンナは
マーニーと別れます。

実はここまでが物語の中盤までなんです。

お話はアンナにあらたな人物を送り込みます。
彼女にとっては現実世界への着地です。

現実の人間関係を育むことによって、
ようやく彼女は内側にはいった!!と感じることができたのです。


なるべくネタばれしすぎないように書きましたが、ぜひ、映画を見るか、
原作を読むかしていただければ理解が深まるかと思います。



9月にスカイプでの「物語の象徴とフラワーレメディーの会」をやろうかと思っていますが、
この「思い出のマーニー」を考えています。主人公アンナと花、物語全体をとおして象徴としての花など話し合えたらなと思っています。
また、告知しますね。




花と植物の学びと癒し
インナーガーデンHP


物語と象徴

思春期のこころの闇と「思い出のマーニー」その1




 ジョーン・G・ロビンソンの「思い出のマーニー」を読みました。

先にジブリのアニメのほうを見てから原作を。
このお話はとても不思議なお話です。

ファンタジーのようでありながら、現実とからみあっています。

確かに、宮崎駿さんがこの話をアニメ映画にするのは
とても難しいとおっしゃっていたことがわかります。
また、この映画は主人公の内面世界として見ると感動できるのですが、
そのままで見てしまうと、拒絶反応というか、わかりにくい世界になってしまいます。
なので、多くの批判的な意見が飛び交っているのを読み、とても残念に思います。

これは映画のキャッチコピーである「あなたのことが大好き」という言葉が
誤解されやすいなあと思いました。
だから、百合系の女の子同士の話??と思われてしまうのですね。
ジブリというブランドは非常に影響力が強いので、言葉の使い方は難しい・・。

この「あなたのことが大好き」というのは原作では
ものすごく重要なセリフです。


■思春期の内面世界


主人公のアンナは原作設定では12、3歳くらいかと思います。
孤児で、施設から里親にもらわれて生活しています。
彼女と里親との関係は悪くはないけれど、アンナは心を開くことができません。
いつも見えない魔法の輪の外側に自分はいるのだと思っています。

つまり、どこにも属さない、居場所がないと感じているのです。
そしてなるべく関わらないようにつまらなそうな顔をわざとします。
頑張ることもしようとしません。


先日、借りていた本の中で日本人の意識調査ですが、
小学生のときは自分のことが好きかという質問に過半数が肯定的なのに対し、
中学生になるとかなり減り、自分がまわりにどう思われているのか気になる人が増加しているということが書かれていました。

中学生くらいの年齢はまわりの世界と自分との関係が気になり、
自意識過剰になりがちで、自分に対して、ネガティブな意識を持ちやすい傾向になります。


この原作の話に触れた時、自分の中学時代のことを思い出しました。

人生の中でもっとも魂が危機的状態だったなあと。
それは自分だけではなく、まわりもそうだった。
私が中学のときは非常に荒れた時代で、「積木くずし」というドラマもありましたが、
私が通っていた中学はその中でも一、二を争うほど、県内で荒れていた中学でした。
クラスには必ず不良グループがいて、よく窓ガラスも割れていて、
鑑別所にいるというクラスメイトもいたり。

校則も非常に厳しく、まだ教師による体罰がおこなわれていた時代です。
朝礼で並び、女子生徒のスカーフがセーラー服の裾から何センチと決まっていて、
ものさしで計るような世界。

小学生のときに仲がよかった子がよそのクラスだったけど、
こわいほどの拒食症になって痩せこけてて、
遠足でかっぱえびせんをひとつ渡したら、それすらも食べられない状態をみて
まわりの子たちといっしょにショックを受けました。

とはいっても自分も摂食障害があり、一年くらい生理もなく、
親戚からも食べろ、食べろと言われたこともあります。
自分も余裕はまるでありませんでした。

そんな危機的状態をいったいみんなどうやって切り抜けたのだろう・・・。

そんなことを思い出させてくれる話でした。


いま、2学期がはじまるときにもっとも中学生の自殺が多いと言われています。
また、先日も中学生の子が夜中から出歩き、殺されるという事件もありました。


問題児ならともかく、アンナのように問題がないとされる女の子の内面は
大人からするととてもわかりにくいです。
子どもでも大人でもなく、不安定になりやすく
かといって、何かが問題という意識もなく、助けを求めることはありません。

この時期の子どもは自分から自然の中へ癒しを求めるということはあまりありません。
自分のことを考えると、自分が住んでいるところは田舎だという意識が強かったので、
田舎や自然のあるところに興味はなく、むしろ、都会に興味がありました。

アンナの場合も自分から行くことはなく、喘息があるため、医師の勧めで
イギリスのノーフォーク州の湿地地帯の田舎へと行くことになります。

アンナの里親のミセス・プレストンは世話焼きな心配性の方です。
だからこそ、アンナは「やめてくれればいいのに」という気持ちが出てしまいます。

中学生くらいって親の干渉がもっとも疎ましい時期です。

しかし、親も教師も干渉しがち。

エドワード・バックはこんな風に書いてます。
「親は、子どもが自分のことをうまく一人でできるようになるにつれて、徐々に管理するのをやめ、その後は親に対する遠慮や間違った義務感が子どもの魂からの指示を阻むことのないよう注意しなければなりません。」

「エドワード・バッチ著作集」BABジャパンより

まわりの大人がこの年代の子供たちにどのように接するかが
より闇を濃くするか、自然な働きで闇と光を統合していくかの分かれ目になるようにも思われます。

また、干渉しないことと放任とは違います。

子供たちが家出することが多いというのは難しいところです。


アンナはペグ夫妻のところに行くことになり、ノーフォークの田舎ですごします。
このペグ夫妻はいい具合にアンナをほおっておいてくれます。

だから、マーニーという少女と出会い、毎日のように出歩き、
夜中に出かけることさえあり、
何度か外で倒れてたり、座り込んでいるところをよその住民に発見されます。

今だと犯罪にまきこまれててもおかしくない状況です。

幸い、この小説の時代はのんびりしていたかもしれません。

今は自由に田舎でさえ夜中に女の子が歩き回れるような時代ではありません。

そうすると、中学生ってほんと行き場がないなあと思います。
家では親が干渉してくるし。

「夫人はいつも優しいのだが、どうしようもない心配性でもあった。ああ、もし、ときどき何の理由もなく、あるいはたいした理由もなく、好きなだけ自分が泣いても黙って見ていてくれる人がいたら、どんなにいいだろう。」

アンナのこころの中です。
泣いている場合、人に心配されたいという理由で泣いていることもありますが、
誰にも声をかけてほしくない場合もあります。


そういうことで、ネット世界に自分の世界を作っていく傾向にあるのかもしれません。

私の場合は中学生のとき、どこに癒しを求めていたかというと
漫画やアニメ、物語の世界だったなあと思います。
いまの中学生もそうかなと思うけど。

こうしたものは今や大切な要素でしょう。


長くなってしまうので、続きます。


その2以降は
・マーニーの存在とアンナの内的世界
・思春期のこころの闇と光の存在

について書きます。


思春期のこころの闇と思い出のマーニーその2 へ



物語と象徴

【花の物語】月見草の花嫁

 


満月です。

夕方、灯りがともるようにコマツヨイグサの花がたくさん咲いていました。

夜に咲く月見草の花はみかけるとどうしても近づかずにはいられません。
闇の中のひかりでもあり、
夢の世界への誘いのようでもあり・・。

夏至の前の日に物語の象徴とフラワーレメディーの会で
結婚が象徴として出てくるお話をとりあげたのですが、
そのときに西洋では「魔法と結婚」という類のお話は多いけど、
日本はどうだろうかと話していたときに
日本だと動物や異界のもの、植物と結婚する話が多いということになりました。

それで「月見草の花嫁」の話が出てきたのですが、
随分前にこのお話の絵本を私は読んでいて、
そのうちブログに書こうと思ってそのままになっていましたので紹介したいと思います。

絵本では佐賀県の民話になっているお話のようです。

主人公の男性が歌をうたいながら、山を歩いていて、
その歌を聞いた月見草の花が
その男性のところへやってきて、そのまま居ついてしまうというお話です。

また、絵本では月見草の女性が色っぽいの


このお話から
植物に対して、何か与えると(ここでは歌)それをちゃんと受け取り
植物のほうもお返しをしてくれる
ということになっています。

人間と自然界には隔たりがなく、精霊と結婚すらできるのです。

どちらかというとケルトっぽいお話です。

月見草は夜花が咲くので、非常にアストラルの要素が強い花です。

FESのイブニングプリムローズというフラワーレメディーでは
無意識のうちに母親から吸収した感情の痛みによって
感情の抑圧や人との関係を深めていくことへの恐れから
浄化し、安心感につつまれ他者との関係を深めていくことを助けてくれます。



絵本のお話はフラワーレメディーの定義とは関係ありませんが、
結婚というのが関係を深めていくこととつながるような感じです。

物語と象徴

【スカイプ】物語の象徴とフラワーレメディーの会(無料)




4月におこなった物語と花の象徴を語る会のタイトルを少し変えて、またおこないます。

夏至の頃にやりたいと思っていたので
ちょっとあわただしいですが・・。

夏至の前日の6月21日(日)20時〜21時30分

でおこないます。

今回も参加無料(スカイプでの参加のみ)

3名様限定。3名様埋まりましたが、どんなものか聞いてみたいという方がいらっしゃったらあと2名ほど可能です。次回からは有料にしようかと思います。

で、夏至に関連したお話も考えていたのですが、
アイルランドやケルトの民話や神話とか。

以前、心理占星学で聞いてとても印象的だったアーサー王伝説のお話から

『ガーウェイン騎士とラグネル姫の婚礼』

という物語を今回取り上げたいと思います。

実は知らなかったお話ですが、
とても力のある物語です。

参加にはこのお話を知らなくても大丈夫です。

当日、私が語ります (笑)

婚礼というタイトルも6月っぽいかも。

占星学のクラスでは冥王星でとりあげられていました。

これは冥王星的なのかどうか・・。
究極な感じはしますが、運命というものを受け入れたとき
どうなるのかという覚悟のようなものとつながるような気がします。

そしてそれに関連した花がはたして考えられるのかどうかも
わかりませんが(笑)お話の象徴には
なんだか夏至の頃に読むほうがふさわしい感じがして
取り上げてみます。


日本ではアーサー王のお話はそれほどメジャーではありませんが、
イギリスではマザーグースと同様
まあ、映画やドラマ化も随分されていますし、
こころの深いところに持っているお話という感じのようです。


フラワーレメディーを使用した経験がある方(初心者でも可)なら誰でも参加できます。

希望の方はメールにて
名前、スカイプID、緊急連絡先(電話番号)
を書いて申し込みください。

メールアドレス
info@@innergardenflower.com (@をひとつとってコピペしてください)

先着3名で締め切ります。



受付中!

【東京・六本木】7/11(土)「金星・牡牛座・天秤座と植物・フラワーレメデイー」

【東京】7月フラワーレメディー&パーソナルアロマ個人セッション

【録音講座】「水星・双子座・乙女座と植物」7月末までの受付。


小豆島オリーブ・リサーチプロジェクト


花と植物の学びと癒し
インナーガーデンHP



物語と象徴

物語からフラワーレメディーを考える




昨日は初の試みでスカイプでおこなう「物語と花の象徴を語る会」第一回目でした。

3名の方に参加いただきありがとうございました(*^-^*)

初回からけっこうファンタジーのかけらもないような話でしたが・・・。


あながち、今とかけ離れている作品ではなかったように思います。

会では最初に私のほうから物語のあらまし、ストーリーをお話させていただきました。
長いお話なので、かいつまんでになりましたが。

この「家なき娘」は1800年代後半に書かれた作品ですが、

最初から病気のシングルマザーと旅する少女が出てくるわけで、
子供が親に頼ることが出来ない非常に厳しい現実的な状況から
はいるのです。

ただ、生きていくだけのことしか主人公のペリーヌは考えていないわけで、
ほとんどないようなお金しか持っていないのに
人にだまし取られたり、むしられるというのは
怒りと悲しみでいっぱいになりそうなものの、
彼女は厳しい現実の中でどうしたら自分が生きていけるのか懸命に考えます。


そういう現実は今でもありうることだと思います。

宮崎駿さんが今はファンタジーは作れないというような発言をされていた
ことがありましたが、
この厳しい現実を生きていくためにどんなことが必要なのか
そんなことも感じさせてくれる話ではないかと思います。

アニメの「ペリーヌ物語」はただ、その現実感を少しぼやかして
子供にも見やすくしておりました。

しかし、この話の面白いところはペリーヌが自分で創意工夫をして、
自力で生きていくところです。
靴やスプーンや下着など自分で創りだしたり、自分だけの住居を
お金がないなりに調えていき、自信をつけていきます。

もともと頭もよく、空気を読むこともうまいし、
めきめき出世をして、自己実現していく過程にはたくましいものを感じます。


それにあわせて象徴される花をみんなで考えたりしました。

まあ、ふわふわした花ではないだろう・・と(笑)

ペリーヌがもし現代に生きていたらどうしていただろうとか
いろんなお話をしつつ、花を考えるのも楽しかったです。


この会の目的は2つあり、

ひとつは「物語」について語ること。

読書会とかやっているところもあるでしょうが、
なかなか参加する機会がなく、物語について誰かと語ることも
意外とないのですが、物語は河合隼雄さんもよく本で書かれているように
様々な象徴があり、人によって様々な影響をたましいに与えます。
物語に耳を傾け、それについて話あうという場がほしいと思いました。


もうひとつは象徴から花を考えること。

これはフラワーレメディーの学びや使っている人にとっての勉強になる部分です。
物語の全体像は実は左脳よりも右脳で感じとります。
そこから花を考えるというのはただ、言葉のキーワードで
フラワーレメディーを考えるのとは違います。
そうした頭の使い方、イメージの広げ方ができることや
他の方の意見から新しい発見ができればと思いました。


次回は6月にと思っています。

次はファンタジーにしようかなと考えていますが。




5/31【香川・小豆島】せとうちの100年オリーブお花見会
小豆島オリーブ・リサーチプロジェクト

5/17【東京・六本木】ワークショップ「水星・双子座・乙女座と植物」
5/15・16【東京・日本橋】個人セッション




花と植物の学びと癒し
インナーガーデンHP








物語と象徴

【スカイプ】物語と花の象徴を語る会を4/19にやります

 


前から少し予告していたのですが、

あまりにマイナーな感じでどうかしら・・と先のばしになっていた
物語と花の象徴について語る会をやってみようと思います。

試みなので、今回は無料でおこないます。

内容としては

物語をひとつ決めて、お話する。

それについて話しながら、物語全体が象徴していることは
何だろうかとそれぞれ思うところを話し合う。

その象徴しているものを花に置き換えると
どんな花だろうかを考える。


というもので
全体から受け取るものと花を見ていくことの
見方が作られるのではないかと思います。

物語はユング心理学でも取り上げられるように
その中にみられるアーキタイプや象徴するものが
たましいに作用されます。

物語そのものにもチカラがあると思います。

ただ読むだけで終わらず、その物語について考えたり、
他の人とシェアする機会がほしいなと思ったのと
花を考えることはアーキタイプの勉強にもなると思ったのです。
私自身普段から映画を見たり、本を読んで後から花を考えることが
よくあるので、イメージをつかむことの練習になります。


ただ、これをスカイプでおこなおうと思います。

なので、一度に3名くらいまでと考えています。


おこなうのは不定期ですが、
第一回目は4月19日(日)新月20時〜21時30分

取り上げる物語は
「家なき娘」上・下 
偕成社文庫 エクトール・マロー 二宮フサ訳
原題は「アン・ファミーユ」

昔、「ペリーヌ物語」というアニメになったものです。

この本を読んでなくても大丈夫です。
昔、アニメを見たというだけでも、
知らなくても最初の30分ほど私からその物語を
お話させていただきます。

なかなか最初に取り上げるにしてはシビアなお話ですが、
この話の何に惹かれているんだろうと昔から思っていたので
他の方とシェアしてみたいです。

あらためて完訳版を読むとすごく驚くような物語です。

あと、心理占星学を学んでいて、人から物語を聞くというのは
なぜか深いところにすーっと入っていき、様々な内面が動く
きっかけになることも多いので、そういうセラピーがあることも
とてもよく理解できます。


希望の方はメールにて
名前、スカイプID、緊急連絡先(電話番号)
を書いて申し込みください。

メールアドレス
info@@innergardenflower.com (@をひとつとってコピペしてください)

先着3名で締め切ります。(満席となりました。4/17)

フラワーレメディーをすでに使ってるか学んでいる方が対象です。


リサーチプロジェクトにしてもこの会にしても
私にとってはやりたいことたけど、だいぶ勇気のいることなので
そこにエネルギーを注げるかどうかにコミットするのにも時間が
かかるのですが、心理占星学で物語の作用を実感してからは
後押しになりました。




5/31【香川・小豆島】せとうちの100年オリーブお花見会
小豆島オリーブ・リサーチプロジェクト

5/17【東京・六本木】ワークショップ「水星・双子座・乙女座と植物」
5/15・16【東京・日本橋】個人セッション




花と植物の学びと癒し
インナーガーデンHP




物語と象徴

「インターステラー」と「コンタクト」とハウンズタング

 年末に見に行った映画「インターステラー」を見たら、
昔見た「コンタクト」という映画が見たくなり、
お正月に久しぶりに見ました。

この映画は1997年の作品なんですね。
電話がダイヤル式だし、パソコンモニターがでかい(笑)
しかし、「インターステラー」を見た後にみると
またすごく面白かったです。

「コンタクト」の内容をかいつまんで書くと
ジョディ・フォスター演じる主人公エリーは子供の頃から
父親といっしょに無線で遠くの存在と話すことをやっていて、
その父親が亡くなり、大人になって研究者となります。
電波通信によって地球外生命とコンタクトをとろうとして
長年研究してきたエリーはどこでも批判的な扱いを受けますが、
彼女は実は見えない存在や実証できないものを信じない女性だったのです。

その彼女が牧師であり、作家である男性パーマーと知り合い、
愛し合うのですが、ひとりは神を信じ、エリーは神を信じないという
皮肉なカップル。
ある日エリーはヴェガのあたりからある交信をキャッチし、
宇宙へ行くことを志願します。
いろいろあって、なんとか行くことになりますが、
彼女はすぐにワームホールを抜けて宇宙へ行く経験をしたのにも
かかわらず、実際は実験は失敗に終わっていたことを告げられます。
しかし、彼女は証拠がないのにもかかわらず、
それをどうしても否定することが出来ず、その経験によって
大きく変わったのでした。


映画として非常によくできた作品です。
どういう経験をしたかは映画を見てください。

このパーマー役のマシュー・マコノヒーがなんと17年後に
「インターステラー」で主人公を演じるわけです。
「コンタクト」に関わった物理学者のキップ・ソーンの案によって
「インターステラー」は制作されたそうですが、
最初はスピルバーグが監督予定だったのですね。
(ウィキペディア参考)

なので、少し共通するものがこの二つの映画にはあります。

「父親」
「宇宙の存在」
「時間感覚」


エリーは
「私たちは宇宙の一部です。宇宙と一体になれば孤独でなくなります」
というようなセリフを言います。
つながることは時間を超えることでもあるなあと思います。

この二つの映画をみて思うのは
宇宙というとてつもなく大きなものに想いを向けると
視点が大きく変われるということです。
しかも、それがワームホールをとおしていくつもの銀河につながっている
としたら、ほんとに小さな地球で暮らす私たちは
とても小さな存在です。

FESのフラワーエッセンスにハウンズタングという花があります。
ムラサキ科の植物で少し忘れな草に似た花です。
「コンタクト」という映画は特に全体をとおして
この花を象徴として思わせてくれます。

世界を科学的すぎる視点で見る傾向があるときに
思考をもっと全体的な視野で高い意識からみることを助けます。

「フラワーエッセンスレパートリー」BABジャパンより
思考活動を刺激し活性を与え、生への驚きと畏敬を回復させ、
同時に魂が物質世界の精神的次元について明晰で
具体的に思考するのを助けてくれる。


すべての人が宇宙まで行くことが出来ませんが、
花の中に宇宙意識を目覚めさせるものが
あるというのも不思議なものです。

これもエッセンスの作り手がそのような意識を持っていないと
ハウンズタングの定義とならなかったかもしれません。

ハウンズタングは地味であまり選ばれにくいエッセンスかもしれませんが、
小さな自分の世界の中でとても生きにくく感じていたり、
感情的な問題で抜けられない感じのときにも
使えるのではないかと思います。
思考をリニューアルするように。
宇宙から地球をみるように。



写真は同じムラサキ科のボラージュ。
花の形も星のような形をしています。
ハウンズタングはボラージュと組み合わせることもできます。
重く感じて行き詰った感覚から解放してくれます。



逆な感じでFESにはシューティングスターという花もあります。
これはまさに流れ星なので、
地球にたどり着いた魂のためのエッセンスです。
このタイプの人は逆に地球になじめず宇宙に帰りたがります。
しかし、この地球で生まれたことには意味があり、
それを知ることで地球に根付くことを意識します。

日本の花にも宇宙に関連するようなものがあるでしょうか。


この二つの映画を見るとハウンズタングのように視点が
大きくなるので、映画セラピーにもなるかもしれません(笑)




3月東京での植物(フラワーレメディー)と星のアーキタイプ「月・蟹座と植物」
というワークショップの受付を開始します♪

詳細と申し込みはコチラへ


花と植物の学びと癒し
インナーガーデンHP