2012年の3月に私が長く関わるスクールでの

フラワーメディスンという研修を受けてから自然とどのように向き合っていき、

どんな風に関係を結んでいくのかということについて考え続けてきた。

 

フラワーメディスンの研修はその後3回シリーズを受け、

現在、シャーマニズムとセレモニーの研修の4回シリーズの3回目が終わったところ。

4年半もの間かけてようやくというか

生きた存在としての自然に物質面だけではない、

エネルギーとしてのつながりを感じ始めているようなところ。

 

それはボトルに入っているエッセンスだけをエネルギーとして扱うのではなく、

すべての自然に対してということだ。

 

田舎に住んでいる人は自然が当たり前にあって

人間のほうが優勢として接していることが普通だ。

今回の研修中に蜂が2度ほど、食堂にまぎれこんでいたけれど、

そこの人たちは思いっきりバシッとたたいたり、足でがっつり踏んでつぶしたり

しているのを見て、田舎の人なら当たり前のこの行為に驚いた。

 

人間にとってジャマと思う自然は排除する

 

そういうものだと思っている人も少なくない。

 

私の師である由衣さんは

 

木で作られているものは生きているということや

羽はときどき触ってあげることで生きかえるということを教えてくれた。

 

 

私のセッションルームには木の枝とか石とか枯れた花とかいろいろあるのだけど

昔、風水の本で「枯れた植物を置くのはよくない」というのを読んで

よくないんだーと思っていた。

 

しかし、しおれた葉っぱや花はそうかもしれないけど

枝や綺麗に乾燥した植物、動物、昆虫の一部、鳥の羽といったものは

いのちはないけど、エネルギーは生きているのだ。

 

それはそれらに対して、あつかう人間がどう思っているのかが大きい。

 

 

ウバユリに思いをよせる人間が度々訪れることにより、

そこの敷地のウバユリが以前よりも増えていることは偶然と考えるだろう。

しかし、師は「偶然ではない」という。

 

今回、着いた日に今まで見てなかったいくつかのカマキリがお出迎えをしてくれた。

久しぶりにカマキリを見たなーと思った。

 

研修が終わって香川に帰り、翌週ジムに久々自転車で向かう途中で

アスファルトの道の真ん中にちょうど大きなカマキリが横断していて

あやうく轢きそうになった。

こんなところで道の真ん中で遭遇することはほぼないので

急にカマキリ先生とのつながりを感じた。

 

 

現代人の多くはそんなことはすべて単なる偶然と思い、

背後にあるものの力を信じようとはしない。

 

論理的にわりきって理解しようとする場合、

これは偶然ではないという風には思えない。

 

一年前くらい、私はずっと鳥の羽を拾うということはほとんどなかった。

ところがこの一年で行く先、行く先でどこでも羽を受け取ることが多くなった。

 

それも意識しているからだろうとも思う。

気づいているか気づいていないかだけと。

 

そうであったとしても

気づいて自然界に対して、受け取り方を変えることで

どんな風に自然界を通した手助けをすることができるのか実践してみたい。

 

研修のときに折り折りの会話の中で師が話すことが

後から、随分染み込み、役立つことが多い。

そのくらいいろんな思い込みがあるんだなと思う。

 

 

自分のフィルターを通して、常に自然をみている。

それはフラワーエッセンスも同じこと。

自然との関わりを深めていくことは、フラワーエッセンスへの扱いも変化していく。

 

 

それは自然との経験の中から自分に都合のいいように解釈することではない。

ただ、受け取り、ただお返ししていく。

 

フラワーレメディーを作ることにしても

作ったレメディーの一部を自分のためにいただき、

残りを大地にお返しすることはフラワーメディスンでも教えていただき、

何かをいただくときにも手持ちのエッセンスを活性化して

大地にまくということもやるようになった。

 

 

本当の意味で自然との関係を育むというのは

花に癒されるばかりではなく、

日々、自然からのメッセージに気づくことであり、

それを実行することでもあり、

神聖なものとして扱うことでもあると思う。

 

そして同じ自然の一部である自分にも

同じことができることであろう。

 

自分について気づき、自分のために行動し

神聖なものとして扱うことも自然との関係を深めることにもなる。

 

花、フラワーエッセンスはそれをサポートしてくれるものなのだ。